Astro Japonica

楽しい 占星術ノート

5. The Hand That Rocks the Cradle - The Smiths

アルバム冒頭から、何だかプルーストみたいだなと思っていたら、歌詞がどんどんどつぼにはまっていくので、訳してて心配になってくる。元々のアルバムとしては、この曲でA面が終わり、初期の代表作である"Still Ill"、"Hand in Glove"(デビュー曲)、"What Difference Does It Make?"は、B面に集中している。後半の流れの方が開放的とまではいかなくても、カタルシスのある曲が多い。A面はひたすら淡々、鬱々。出口を見つける前の蛇行というか、断片的な時折光るヒントがうごめいている感じ。

関連書籍が色々出ていて、「全曲解説」「ディスクガイド」と書かれたものを読んでいても、歌詞に書かれた言葉それ自体の言及はなく、期待していた情報は得られなかった。そもそも『モリッシー自伝』自体、作詞の経緯やそれにまつわるエピソードはほとんどない。笑

今読んでいるThe Smithsのバンドとしての評伝『茨の同盟』の方が、むしろ歌詞について丁寧に取り上げられていた。当時のメディアの反応(いいがかりともいう…)や、モリ本人の当時のインタビューでの解説・釈明も合わせて掲載されている。『茨の同盟』を読む前は、モリ自身がこの評伝に批判的で、執筆にもあまり協力的でなかったようだし、「またイギリス人ライターのくどくどしい自分語りと、モリへのディスりの交互なのかな…」と読むのが億劫だったのだけど、序章以外はそんなことはなく、初めて知ることも多く概ね面白い。ちなみに『全曲解説』と同じ作者でもある。

歌詞を訳していて、なぜこんなに「子ども」が出てくるのだろうと思っていたら、ちょうどそれについて書いてあった。いわゆる小児愛がテーマだと思われがちな、1stの1・5・10曲目(アルバムのちょうど最初・中盤・最後にあたる)の歌詞について丁寧に追ったあと、結論として(以下引用)

・しかしモリッシーは幼児虐待説を唱えるセオリスト達に対し、曲のテーマは「イノセンスの喪失だ」と冷ややかに言い切る。「人は他人と肉体関係を持つまで、どこか魂も幼さが残るものだということさ」(…)モリッシーは「子ども」を「大人の中に残されたイノセンス」という意味で用いたというわけだ。

と締めくくられている。詞が書かれた当時は23才前後、まだ実家に引きこもっていた頃。まだ若く、その「イノセンスの喪失」に直面していたのだろう。『自伝』でも、地元・マンチェスターの荒み切った風景、さらに通っていた学校がどれほどひどい場所だったかが、頭から延々と書き綴られている。それは本人にとって、後々人と接する際の足かせとなったほどだったらしい。かなり年齢を重ねてからも、そう言っていることにも驚く。そう、先の歌詞の中でも、作者はその子どもの側に自身を重ねている。この5曲めの"The Hand That Rocks the Cradle"は、大人の側が主体だが、その「子ども」と殆ど不可分なほど一体化している。歌詞の出だしの「幽霊」や「嵐」よりも、この「僕」がすでに「子ども」へと、少なくとも僕の側からは、どうしようもなく分かちがたく浸食し切っているのだ。

『自伝』によると、通っていた学校では毎朝、生徒の誰かしらが順番に選ばれ、意味もなく鞭で何度となく打たれていたらしい。よく「欧米は子どもの個性を伸ばす教育で、日本はずっと遅れてる」云々といわれるが、ここに書かれていることは、むしろ日本の田舎よりもよっぽどひどい。モリは1959年生まれなので、いくらか時代もあるにせよ。モリはさらに、教師がそうやって生徒に不当に折檻する時、性的興奮を覚えているのを見た、と書く。

美しい文学や映画、音楽で描かれるそれと、教師の浅ましさや街に乱雑に捨てられた使用済みのゴミ、同級生たちとの曖昧で強烈な話ややり取り、その中に混じってはふいに浮かび上がる「性」とは「イノセンス」とは、そして「愛」とは何なのか。自分なりにそのことを掴み取りたくて、これらの歌詞を書いたのではないか。そう考えると、そこには自然な必然があり、ということは自然に読めば、掴み取られたものがするすると入ってくるように思う。

そして結果的に、マッチョイズム的視点では何度となく書かれた「小児愛的な」ヒットソング(評伝では例として、ポリス「高校教師」、ヴァン・モリソン「キプラス・アヴェニュー」が挙げられている)では起きなかった論争が起こることになる。それは逆に、今まで語られてこなかった真実を言い当てたからなのだと思う。この1stは「ついに語られる時が来た」という一行から始まる。先のヒットソングでは、予定調和の範囲内であったことが、全くちがった形に美しく構造を変え、安全な枠をあっさりと超えてしまった。その呟かれた真実を「突き付けられた」人たちは、不安になったのだろう。


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5. ゆりかごを揺らす手

泣かないで、外の幽霊と嵐には
この神聖な祭壇を侵すことも
あなたの精神を脅かすことも できないのだから
ブギーマン*がやって来たら 
僕の人生が終わり 僕はこれから嘘をついていく
そいつが あなたの神聖な精神に悪戯を仕掛け
からかって、苦しめて、そして焦らすのなら
影が揺らめき立ち 空き部屋からピアノが聞こえる
今夜 包丁が血で染まるだろう
そして暗闇が去って 部屋が明るむ頃
僕はまだ あなたのそばにいる

あなたは僕の全てだから 死ぬまで愛してる
あなたの眼に 憧れなんてなくていい
ゆりかごを揺らす手が 僕である限り
天井の影が揺らめいて
ワードローブが 猛獣みたいにそびえ立つ時
あなたの美しい眼に 悲しみが宿る
ああ、生まれたままの、汚れのない、澄み切った眼
落ち着きのない幽霊が
あなたの神聖な精神に 悪戯を仕掛けるなら
僕の人生が終わり 僕はこれから嘘をついていく

僕は かつて子どもを授かり
それで 命が救われたけれど
その子の名前さえ 聞けなかった
僕はただ 彼の澄み切った眼を見つめ
そして言った「決して、決して、繰り返さない」
そして あっけなく戻って来てしまった、
火の中へ向かう蛾みたいに
僕の骨は石の上で 音を立ててる
誰のものでもない ただの物乞いの男
ああ見てよ、罪と同じくらいに古びた言葉が
手袋みたいに 僕には合う
僕はここにいて ここにとどまる、
僕たちは一緒に嘘をついて、一緒に祈るんだ

あなたの眼に 憧れなんて求めていない
ゆりかごを揺らす手が 僕である限り
ゆりかごを揺らす手が 僕である限り、僕のもの
僕の膝に登っておいで、坊や
あなたは まだ3才だけどね、坊や
あなたは、あなたは僕のもので、
そしてあなたの母親、彼女はただ知らなかっただけ
ああ あなたのお母さん、
長い間、長く、長く
僕は彼女のために 最善を尽くした、
僕は彼女のために 最善を尽くした…



*ブギーマン:子取り鬼。タンス・クローゼット・ベッドの下などに潜み、暗闇に紛れ、いうことを聞かない悪い子どもをさらう。正体不明の暗殺者や殺人鬼など、何の痕跡も残さない犯罪者の比喩として「ブギーマン」が使われることも。

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5. The Hand That Rocks the Cradle

Please don't cry, for the ghost and the storm outside
Will not invade this sacred shrine nor infiltrate your mind
My life down I shall lie if the bogey-man should try
To play tricks on your sacred mind
To tease, torment, and tantalize
Wavering shadows loom, a piano plays in an empty room
There'll be blood on the cleaver tonight
And when darknesss lifts and the room is bright, 
I'll still be by your side

For you are all that matters and I'll love you till the day I die
There never need be longing in your eyes
As long as the hand that rocks the cradle is mine
Ceiling shadows shimmy by
And when the wardrobe towers like a beast of prey
There's sadness in your beautiful eyes
Oh, your untouched, unsoiled, wondrous eyes
My life down I shall lie
Should restless spirits try to play tricks on your sacred mind

I once had a child and it saved my life and I never even asked his name
I just looked into his wondrous eyes
And said "Never, never, never again"
And all too soon I did return, just like a moth to a flame
So rattle my bones all over the stones
I'm only a beggar-man whom nobody owns
Oh, see how words as old as sin fit me like a glove
I'm here and here I'll stay, together we'll lie, together we'll pray

There never need be longing in your eyes
As long as the hand that rocks the cradle is mine
As long as the hand that rocks the cradle is mine, mine
Climb up on my knee, sonny boy
Although you're only three, sonny boy
You're, you're mine and your mother, she just never knew
Oh, your mother, as long, as long, as long
I did my best for her, I did my best for her

As long as, as long, as long, as long
I did my best for her, I did my best for her, oh