Astro Japonica

楽しい 占星術ノート

Sex - The 1975 / 隔たりを試そうとして

Sex - The 1975 拙訳

*¹ Sex - The 1975(演奏の映像)


目の前で起きていることとの、透徹とした距離感。この曲のWikipedia(英語版)*² に書いてある怒りや欲望よりも、その澄み切った隔たりに惹かれた。

作詞者であり、ヴォーカルのマシュー・ヒーリー曰く「"Sex "は、すべての思慮深い17歳の女の子へのラブレターなんだ。それは誰もが経験したことのある、優柔不断で決められない女の子のこと。この曲は生意気というレッテルを貼られているけど、本当はとてもロマンティックな曲。僕の最もロマンティックなところを書いていて、僕という人間を反映しているのかもしれない。19歳の時に作ったんだ」。(Last.fm Sessionsでのインタビューより*³)デビュー曲ではないけれど、デビュー前に書かれたうちの1つなのだろう。作者の感性の根源が、まっさらな紙の上に書き落されたかのよう。

ジェンダーについて考える時、例えばタロット「ⅩⅤ 悪魔」のイメージの1つ、牧羊神パンの神話を思い出す。ライダー版タロットでは山羊座の象徴であるヤギの角を持つ悪魔が、トートタロットではヒマラヤ・ヤギそのものが描かれている。ギリシア神話の牧羊神パンは、数々のニンフ(精霊)を追いかけては逃げられてしまう。それももう永遠に会えない最後でもって。ニンフのシューリンクスは川辺の葦になり、エコーはその名前の通り木霊となった。山羊座の支配星は土星だが、それは社会・肉体・この世のルールなど、厳然とした秩序と安定をもたらし、時にそれらが膠着化することも表す。彼女たちは既のところで、その土星が張り巡らすルールの外へと脱け出し、自らの「かたち」(土星の象徴)さえ捨てて、それ以降この世のルールにはもう絡めとられなくなる。パンが土星を象徴するとしたら、ニンフたちは外惑星のようなのだ。牧羊神パンが羊飼い・見張り・門番の象徴でもあるのは、そういう捉えどころのなさ・儚さを、現実世界に引き留めたいという現れでもあるのかもしれない。それと同時に、境界を越えてしまう者に土星は厳しい、もしくは時にひどく冷たい。

マシュー・ヒーリーは別のインタビューで「10代の頃に長髪だったから、”同性愛者に見える”といわれたことがあった。それでちょっと平手打ちされたこともあるんだ」「けど、少しでも他の人たちと違っていたら、そういう仕打ちを受けない人なんていないわけでさ。自分は男性性っていう考え方に一切興味を持ったことがないんだけど、それはそこから外れることを恐れたことがなかったからだと思う」とも話している。(NME 2019年2月19日のインタビューより*⁴)

歌詞に出てくる「彼女」は、この曲の最後に書かれているように、いつでもカッコいいとされる格好で、その自分に合う友達とつるんでいる。本当の恋人は映画に出ていて、面白い顔だけれどちゃんとクールに振る舞えて、友達にも分かりやすいカッコ良さを持つ男性。おそらくその友人たちの中でも、彼女にしかない魅力があるから、この歌の主人公は彼女に惹かれたのだろう。彼女もいくらかは主人公のことを気に入っているはずなのだけれど、自分の個性に無自覚で、みんなと同じでいたい彼女は、主人公の捉えどころのなさ・儚さのため、彼に「だめ」だという。

最初に「距離感」と書いたのは、この曲が(先に書いた)土星の外から見ている景色のように思えたからだ。この歌では男性の側が枠に捉われず(彼女の恋人のことまで素直にほめていて、嫉妬すらしていない)、女性の側がその枠の外へ出ようとしない。

性別や人種のせいでもなく、また見知らぬ人が相手でもなく、近しい相手にも感じる、その人個人の「個性」による疎外感。それを乗り越えようとした歌を作者は「僕の最もロマンティックなところ」だという。とても若い、10代の頃に書いた自作の歌をそういえることもまた、とてもロマンティックなことだと思う。特に弾き語りでこの曲が演奏される時、何年経ってもどこか心もとなく、危うげに歌われる。まるで境界の外にいる魂が着地点を探して、所在なさげに漂うかのように。誰のホロスコープにも外惑星があるように、男性性・女性性と同じく、誰の中にもこのような精霊的な面もあるように思う。

マシュー・ヒーリーは牡羊座に太陽・水星・金星があり、それらが山羊座天王星海王星土星と90度。月は牡牛座にあり、この山羊座の天体群と120度、蠍座冥王星と180度。ライツともに外惑星・土星アスペクトしている。牡羊座の支配星である火星は双子座にあり、境界から外れた魂が街中を彷徨っている、のが歌詞にもしっかり表れているように思う。言葉は行き来し、動き動かすからこそ、やはり魂の宿った生き物なのだなと思う。

THE 1975

THE 1975

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注釈:

*² この曲のWikipedia
Last.fm Sessionsでのインタビュー


*⁴ NME 2019年2月19日のインタビュー